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に取り入れて設計していることが分かる。

 

3e 1990年代におけるトロントのウォーターフロント
日本はその「バブル経済」崩壊の時代を生き延びながらウォーターフロント建設を継続してきた。しかしトロントは不況によってウォーターフロント開発、しかもセントラルウォーターフロントでの開発が事実上中止となり、ウォーターフロント開発のほとんど全部が官庁の引き出しの中で未処理のまま眠ることになった。

 

開発計画の大半は大規模な施行をするほどの財源がなかったため、増収アプローチかつ/また共同事業アプローチをとるか、市場状況が回復するのを待つかのいずれかを選択しなければならなくなっていた。

 

こうした状況下でトラストはウォーターフロント・トレイルの建設を進めた。国際シンポジウム用に書いた事前報告書で述べたように、このプロジェクトは多くの参加者が妥当な利潤を得られるように細かく分割し得るものであった。

 

不況のため政府は雇用を生み出す目的と環境整備という理由からトレイル建設用の着手金を提供することにした。経済回復を促進するため、ある設定期間内での建設費用分担をうたった別のウォーターフロントプロジェクト案もいくつか出された。セントラルウォーターフロントの博覧会場にある新ナショナルトレードセンターは、この案に基づいて総費用1億8,000万ドルで建設されたものであり、連邦政府、州政府、市が費用をそれぞれ分担した。1997年6月にオープン予定である。

 

しかしカナダ政府は日本政府がウォーターフロントで民間投資を惹きつけたほどには成功しなかった。つまり特別交付金や分担金は無く、減税または免税措置も無く、特別支給金も無かった。

 

かわりに逆の現象が起こってしまった。政府は社会と経済における自分たちの役割を削減しようとした。「赤字を減らせ!行政組織間のもつれをほぐせ!民間部門の創造的エネルギーを解放せよ!」がスローガンとなった。

 

このスローガンが弾みとなり、連邦政府と州政府のウォーターフロントに関する役割は縮小され、一方で地方自治体と民間部門の役割が増加しつつある。オンタリオ州はグレータートロント地域にあった35の自治体をおそらく15ないしは18に減らす予定である。中心部から始めてメトロポリタン・トロントと6つの地方政府を一体化させ、人口220万人のより強力で遇しいトロントの町が形成される。

 

 

 

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